僕は狂っていく~ぼくるい~

創作小説「僕は狂っていく」まとめブログです。 ジャンルは現代モノです。 基本的に「奇妙な話」です。
カテゴリー  [第十六章 真夜中ラジオ ]

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 残業で帰宅時間が遅くなり、男は車で高速道路を走る。

 一昨年に子供が生まれ、それまで住んでいた都市部のマンションから、郊外の一軒家に引越しをした。
 子供の情操教育にも、ゴミゴミとした都会よりも、自然に囲まれた環境が良いだろう、という判断によるものだ。

 おかげで通勤時間は車を利用して、かつ高速道路を使用しても片道一時間半もかかるようになってしまった。
 しかし、その苦労の甲斐あって、子供は希望通りにスクスクと成長してくれているように感じている。

 車中はカーナビのディスプレイから漏れる光だけが見える。
 そのカーナビからはFMラジオが流れる。

 普段からラジオだけを流しっぱなしにして車を運転している。
 今夜は、残業で帰りが遅くなってしまったこともあり、聞きなれないDJが流行の曲の紹介をしているのが聞こえる。

『それではFM77.7、DJコモノがお送りします最後の曲になりました。 『ドロリ』の新曲で『ズルムケ』でした。 時刻は間もなく二時になります』

 ラジオから流れるDJの陽気な声が男に現在の時間を教える。

(もう、そんな時間か……)

 妻にはメールで帰りが遅くなることを伝えてある。こんな時間では、妻も子供も寝てしまっているだろう。
 可愛いざかりの子供を抱っこしてやることも、今日は不可能だ。
 少し残念な気持ちに捉われながら、ハンドルを握る。

 車はランプ道に差し掛かり、慎重に運転しながら男の車は一般道へと出る。
 一般道に出れば、後は山道を登り、二十分も運転すれば男の自宅に到着する。

(本当に……今日は疲れたな)

 そう思いながら、自宅に続くカーブの連なった山道で車を走らせる。
 いつの間にか、外には雨が降り出していた。

 ワイパーを動かし、視界の悪い道を慎重に運転を続ける。街灯もない山道である。雨が降ってしまえば車のヘッドライトから見える僅かな視界を頼りにするしかない。
 雨音しか聞こえなくなってしまった車内に退屈を覚え、いつの間にか聞こえが悪くなってしまっていたラジオのボリュームを上げた。

『そんで、そこでドーンって押されてね』
『うんうん』
『ホームに転落してもうて!』

 ラジオからは「ギャーハッハッハ」というけたたましい笑い声と共に、二人のDJが何かの笑い話をしているようである。
 きっと、新人のお笑い芸人あたりが深夜の枠でレギュラーでも持っていて、何かの世間話でもしているのだろう。

(無いよりはマシか……)

 木々が鬱蒼と生い茂る、ともすれば不気味な雰囲気が漂うような山道だ。知らない芸人のバカ話でも、車内の賑やかしにはなってくれるだろう。男はそう思いながら車を走らせる。

(しかし……)

 ラジオの話の内容を聴きながら、少し苦い思いが男の頭の中を駆け巡る。
 というのも、ラジオのボリュームを上げた直後に聞こえた会話の内容。『ホーム』、『落ちる』というキーワードである。

――男が残業になってしまった原因。

 つい先日、男の同僚が駅のホームで転落事故を起こしたのだ。
 別に突き落とされた訳ではなく、酔っ払って足をもつれさせて転落。助け上げる間も無く、すぐさまやって来た電車に轢かれて死亡ということだった。
 周囲に居た、複数の客の証言もあり、事件性はまるで無い事故だった。

 その同僚が残していた仕事、それを男が一時的に引き継ぐことになってしまい、普段の仕事プラス余計な仕事を背負い込んでしまった為に、こんな深夜に及ぶような残業をすることになってしまっていた、という訳である。

 車は、なおもカーブが続く雨の山道を進む。

『そんで寂しいもんでねー』
『何が寂しいの?』

 ラジオの中では、二人の会話が進んでいるようだった。
 一人が話し、もう一人はそれに相槌を打っているだけのようである。

 男は、時折ラジオの声に耳を傾けながらも視界の悪い道に注意しながら運転を続けている。山道は、既にただの雨と呼べない程に雨粒で視界を埋め尽くし、一メートル先を確認するのがやっと、という程の霧に覆われてしまっていた。

(――対向車が来ないのが幸いだな)

 普段であれば、もうそろそろ自宅が建つ住宅地に辿り着く程の時間が経過していたが、視界と足元の悪い中である。
 車の速度は限界まで遅くなり、それに伴って男の帰宅時間ももう少し後ろにズレ込んでいた。

 ラジオからは、耳に障るような笑い声が響いている。

 右に、左にと。男のハンドル捌きに従って、車は山道の中を進んで行く。

『こんだけ独り身の状態が続くと、ホンマに誰でも良いから一緒に居たいもんやわ』
『それやったら連れてくればエエやん』
『まあ、そのつもりやねんけどなー!』

 途切れ途切れで聴いていたラジオの内容に苛立ちを覚え、ゆっくりと走る車の中でラジオのチャンネルを変えようと思った――その時である。

 男は異変に気が付いた。

(どうして……変わらない!?)

 視線を前に向けたまま、男は違和感を覚えた。

 カーナビのディスプレイ上にある、ラジオの選局ボタンを押しても、流れてくる音声が一向に変わらない。
 音量を下げて、意味不明な会話が続くラジオの音が聴こえなくしてしまおうと思っても、音声は消えるどころか、ボタンを操作する前よりも大きく、ハッキリとした声で笑い声が男の耳に響いてくる。

 画面を見ないままに操作をしたので、ボタンの位置を間違えたのだろうか?
 そう思いながら、前に向けていた視線を、一瞬だけカーナビに向けた――。

(――――!!!)

 男は戦慄に凍りついた。

『やーっと気が付いたで』
『ホンマに鈍いなあ』

 ラジオから流れる声に、カーナビの画面に映ったモノに。
 男は――気が付いてしまった。

 それは、死んだはずの同僚の声であり、画面に映っていたのは青白い顔でこちらを見ている同僚だった。

(なぜ……!?)

 動揺のために、車を止めて逃げ出そうとするのだが――車は止まらない。
 アクセルを離しても、ブレーキペダルを踏んでも、一定の速度を保ちながら車は進む。

『ハイ右!』
『いいや、左!』
『みーぎっ!』
『ひーだーりっ!』

 同僚の声と、聴いたことのないような低い声が、カーブが続く霧の中で必死にハンドルを動かす男を囃し立てる。

『もうちょっと!』
『あと少し!』

 あと少しで、車は山道を抜けるはずである。
 そうなれば、霧も少しはマシになるはずだ。
 人も居るかもしれない、そうすれば助けを求めることが出来るはずだ。

 そんな、微かな希望を持って、男は車を必死の思いで操縦する。

『はーやーく!』
『こっちにお、い、で!!』

 ラジオから流れる声は、必死な男を嘲笑うような口調に変わっていた。
 スピードが落ちない車を、必死で運転する男の視界に、霧の切れ間が見えた。

 見覚えのある街灯が見える。
 霧のために、どこまで来ていたのか分からなかったが、車は男の自宅まであと少しの場所まで来ていた。

(これで……助かる!)

 男の胸中に、希望の光が灯った。

 自宅の近くの地形は覚えている。
 まだ住宅が少ない山の奥、自宅の真横に大きな杉の木が生えている。
 その木に車をぶつけて止めることが出来れば――この速度ならば、ケガはするだろうが車から逃げることが出来るはずだ。
 
 男はそう考えた。

 街灯が見えた場所から、男の自宅までは一本道である。
 カーブも無く、運転をミスしてしまうことはもう無い。
 後は、慎重に車を停止させることを考えるだけである。

『あららららー』
『何だか』
『無事に着いてしまいそうやねー』

 助かる、その可能性に気が付いたのか。
 ラジオの中から聞こえる声が残念そうにそう呟く。

 少しだけ余裕を持てた男が、視線をカーナビにチラっと移すと、画面の中に映る同僚の表情は悔しそうなものになっている。

(思い通りにはさせるものか――)

 同僚は男を道連れにするつもりだったのだろう。
 その為に、カーブの多い道で男の車を事故に遭わせようとしていたのだ。

 しかし、そんな道連れになる気など男には毛頭ない、同僚の誘いを何とか振り切り、無事に家までたどり着いたのだ。

 男の視界に、家の横に立つ杉の木が見えてきた。
 後は――あの木にぶつかるだけである。
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[ 2007/02/21 23:59 ] 第十六章 真夜中ラジオ | トラックバック(-) | コメント(-)
プロフィール

黒矢 一実

Author:黒矢 一実
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